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H.N. | 友輝(ともてる) |
年齢 | アラフォー(2012年現在) | |
居住地 | 神奈川県 | |
職業 | IT関連 |
管理人プロフィールというより、もはや趣味紹介・・・
幼少期は西武新宿線(当時赤電が主流)の東村山周辺に住んでいたが、親の実家が藤沢だったので、新宿を経由して小田急もよく乗っていた(もちろん親同伴)。たまに乗るロマンスカー「えのしま」号が楽しみだった。おそらく、西武、小田急あたりが筆者の鉄道好きの原点だろう。
小学生以後は藤沢市に引っ越し、長らく小田急沿線に住むことになる。だが、ゲームや自動車といった他の趣味に傾倒していくうちに、鉄道から少し離れた時期が続く(雑誌を立ち読みする程度に)。しかし、2002年頃に仕事で大阪への出張が度々発生、新幹線を使う過程で500系に心酔。以降新幹線に興味を持ち始め、在来線や小田急にも再び目を向け始める。
2006年以降は小田急沿線から離れてしまったが、住居が広くなった関係で中学生以降途絶していたNゲージも復活し現在に至る。そう、筆者は出戻り鉄オタだったのです。
筆者の守備範囲は新幹線・小田急・首都圏JR東日本(ただし南関東エリア)、関東の各大手私鉄が少々というあたり。新幹線は別格としても、やはり身近な鉄道を好む。
活動(?)は模型(Nゲージ)が中心で、割合は少ないが実車の乗り(非日常ユース)・撮りもする。
現在の筆者の鉄道趣味の中心であり、出戻るきっかけとなった新幹線。
小中学生の頃は見向きもしなかったが、JR化以降は車両の種類が増えて面白いジャンルに。近年になってから新幹線が好きに・・・筆者も含め、そういう人結構多いのでは?
長らく沿線に住んでいたこともあり、新幹線と並んで守備範囲となっている小田急。趣味歴としてはこちらの方が長い。
路線規模の割には、バリエーションが豊富な特急「ロマンスカー」をはじめ、一般車も多種多様で楽しい。
首都圏の国鉄・JRも筆者にとってはまた身近な存在。特に東海道・横須賀線は小田急と並んで付き合いが長い。
JR東日本になってからはステンレス車が多くなったが、これはこれでバリエーションが多くて楽しい。
ただ、新幹線・小田急ほどの知識量はないし、ハマり具合でもないかも。
「ベスト3」を選んでみた。必ずしもカッコイイ(デザインが良い)=好きな車両ではなく、見た目はイマイチでも設計思想が明確な車両も好む傾向がある。
鉄オタ復帰のきっかけ。1位の理由?左の写真1枚で十分じゃない?
山陽新幹線「こだま」格下げ後も1位で変わらず。
筆者がこの趣味に出戻ってから小田急にカメラを向け始めた2007年以降、2006年引退の同車は残念ながら撮影できていないが、おそらく小学生の頃に善行駅で撮影した写真があったので掲載。前面にジャンパ線が残っているので、かなり古い写真である。
筆者が幼い頃、小田急一般車を占めていた「小田急顔」の車両と異なる、モダンで都会派、スマートなデザインで異彩を放っていた。その当時からのインパクトにより、ロマンスカーも含めた歴代の小田急車両の中でマイベストとなっている。
従来のロマンスカーとは異なる点が多く賛否両論ある車両だが、筆者は同車を「ロマンスカーとして積極的に肯定している派」である。
公共交通機関である鉄道は時世で形を変えるのは当然だと思っているけど、それよりも自分の思い入れを至上とする狭量なファンに叩かれてるのを見ると、ついつい擁護したくなるのよね。で、転じて第3位に。
好きな車両はいくらでも挙げられるが、嫌いなのはありません!保守的で新しいものを受け入れない傾向にある鉄道ファンの中でも筆者は変わってるのか、新しい価値観のものでも全然オッケーだったりする。
幼少期から自動車は好きだったが、ランボルギーニやフェラーリといった「スーパーカーブーム」が決定的となり、鉄道と並ぶ趣味のジャンルとなった。やがてスーパーカーから現実的な国産車にシフトして行くが、やはりクーペなどの走行性能を重視したスポーツカー系を好む。また、ドラマ「西部警察」などの影響もあり、日産ファンでもある。
筆者は自動車雑誌で最新鋭・ハイパワーなエンジンを搭載する高性能なクルマにいつもあこがれていた反面、家系的に(?)はスポーツカーなどに恵まれず、「フツー」のクルマにしか接することができなかった。後述するマイカーのチョイスやサーキットへの参加は、その反動なのかもしれない。
クルマがないと不便な場所に住んでいるわけでもなく、仕事で必要なわけでもないが、単にクルマが欲しい、運転したいという気持ちだけで25歳のときに免許取得。自動車好きにしては遅いかもしれないが、時間やら予算やらの関係で、車両購入とともに時間がかかってしまった。
自分のクルマを持つようになってからは、運転が楽しくあちこち出かけたりしたが、2001年12月からは以前から興味があったサーキット走行に参加。筑波サーキット(TC1000)をメインに冬場は月2回くらいのペースで走りに行っていたが、2009年3月で引退した。ジムカーナもたまに参加したが、こちらは苦手であまりハマらず・・・
日産スカイライン・GTS25t(R33型)が筆者の愛車で、1997年購入で2010年現在、13年13万kmオーバーという長期保有車だが、気に入っているのでなかなか手放せない。筆者のクルマ所有歴はこの1台のみ。
小田急線開成駅前に保存されているロマンスカー3100形「NSE」とツーショット(「HiSE」も通過中)。
2ドアクーペで塗装はガンメタ。当然(?)マニュアル車である。ホイールは変えてるし車高も下げているが、派手なエアロパーツやGTウイングは装備せず、ステッカー類も貼らないようにして、いかにもチューニングしてます!という外観にならないよう心がけている。
筑波サーキット(TC2000)にて。サーキットへの参加が一気にチューニングを推し進めた結果、外観とは裏腹にエンジン・足回りともに別物と化している。
記録としては、筑波サーキットTC2000(本コース)が1'04.01、TC1000(ショートコース)が40.15。
主なチューニング内容
サーキットで十分通用する内容とはいえ、近所の買い物から旅行にも使えるように、室内にロールケージはないし快適装備も全て残っている。また、違法改造個所ゼロにもこだわっていて、実際にこの内容でディーラー車検を通っている。しかし、サーキット仕様の本性(?)は隠せないようで、日常の乗り心地は113系よりひどく、燃費もリッター5km(しかもハイオク)と最悪なのが悩み。
かねてからの日産好きとマイカーの影響もあって、筆者の価値観ではフェラーリ・ポルシェ・メルセデスベンツ・BMWよりもスカイラインの方が格上である。
2010年現在、12世代あるスカイラインだがどれも好きで嫌いなのはない。特に好きなのを挙げるとマイカーでもあるR33(9代目)と、V36(12代目)。一部を除き4ドアと2ドアをラインナップするのがスカイラインの特徴だが、筆者は2ドア派。GT-Rは別物視しており(嫌いなわけではない)、あくまでも基準車にこだわる。
2010年現在、最新型のV36スカイラインクーペ。筆者が気に入っているクルマの一つで、今一番欲しいクルマでもある。お金は全くありませんが(涙)。
現代の日本車では2ドアクーペは絶滅危惧種となっているので、存在だけでも価値があるが、流麗なボディラインが美しいし、性能も十分。今時マニュアル車を用意しているところも泣かせる。
世界的に見ても、似てる車が見当たらないというのも惹かれるポイント。
ところで、スカイラインでは居住性を犠牲にしてでも運動性能を追求したR32の人気が高く、その後の居住性も兼ね備えたR33やV36(その前のV35も)はどちらかといえば、ファンからは嫌われている。しかし筆者は、スカイラインは「スポーツカー」ではなく、スポーツカー並の運動性能と、快適性を兼ね備えた「GT」であると思っている。そんな定義を変えてしまう程のインパクトがR32にあったことは事実だが、R33やV系の方が「本来のGT」として筋を通していると思うんだな。
筆者はプリンス自動車がスカイラインを作っていた時代をリアルには知らないし、R32の登場時期は後述のZ32型フェアレディZの方にインパクトを感じていたので、R32が最高とだいう史観を持っていない。一応「オタ」と自称できるほどの知識を持っていると自負しているが、歴代の全モデルで嫌いなのがないというのは、スカイラインオタとして変わっているのかもしれない。
スカイライン以外に気になる・気になったクルマをいくつかピックアップしてみた。
日産のミドルセダン「ブルーバード」の6代目。その中でもっともスポーティなのがターボエンジンを搭載した「SSS(スリーエス)-S」で、それのプラモデルを小学校6年くらいのときに組み立てて以来、自主的にメーカーや車種を意識し、初めてカタログや書籍を集めたという点で、筆者がカーオタとなった原点といえるクルマ。
嫌みのない直線基調のスタイリングに、SSS-Sのイメージカラーでもある赤と黒のツートンは、当時は本当にカッコイイと思ったものだ。写真は1982年当時のカタログから2ドアハードトップの写真を取り込んだものだが、4ドアセダンも存在した。
「ブルーバード」ブランドは既に消滅しており、後継の「ブルバード・シルフィ」にその名を残すのみである。
日産のスポーツカー「フェアレディZ」の4代目。日産の「901活動」という、90年台代中にシャシー(足回り)技術で世界一になろうという運動の中で、R32型スカイラインと共に登場したのが同車である。
1989年というバブル景気の真っただ中に登場しただけに、開発費も湯水のごとく投入され、V6ツインターボのエンジンは当時の国産車では最高の280馬力をマーク。足回りも新開発の4輪マルチリンクサスペンションを採用するなど、メカニズムの進化も相当なものだったが、なんといっても世界のスポーツカーと並べてもそん色なく、現在でも通用する美しく力強いデザインに尽きる。これもバブルっぽい話だが、400万円以上という価格も日本車としては破格のものだった。
筆者は当時高校3年くらいだったが、モーターショーに実車を見に行ったり本当に惚れ込んだ。同時期のR32型スカイラインよりインパクトを感じたのは前述の通りで、なんというか、ついに日本車もここまで来たかという感じだった(バブル期のクルマは全体的に、世界レベルに底上げされたような気がする)。
今でこそ美しいボディラインに起因する冷却性能の悪さや、ボディ剛性の低さが指摘され、走行性能はそれほどでもないと言われているが、筆者的には機会があるなら今でも乗りたい(欲しい)と思っているクルマである。
写真は1998年のカタログから取り込んだもので、マイナーチェンジされた最終仕様。バンパーの形状などが初期のモデルとは異なっている。
1997、1998年のル・マン24時間耐久レースに日産が送り込んだレースカー。上が97年、下が98年仕様。
1995、1996年はR33型GT-Rをベースとしたマシンでル・マンに参戦したが結果を出せず、翌年から投入した専用車である。かつて日産(開発はプリンス自動車だが)に存在したレーシングカー「R380」にあやかり、「R390」と名付けられた。レースの車両規定上、市販車が必要で実際に販売計画もあったが中止となった。
1997年は予備予選でトップタイムをマークしたが、信頼性の低さから12位完走と結果が残せなかったものの、1998年は3位入賞し日本チーム+日本人ドライバーとして初の表彰台や、参戦4台全てが10位以内で完走するという快挙を成し遂げた。
レースカーながら、前述のZ32っぽいヘッドライト、当時のマーチやプリメーラのように、中央に日産マークを配置した2分割のフロントグリルなど、日産ファンがニヤリとするようなデザインが特徴。
外車にあまり目を向けない筆者が、イタリア車であるこのクルマを挙げたのは・・・見ての通り、未来的なデザインがめちゃくちゃカッコイイから。
内容的には「スーパーカー」レベルのクルマであり、日本には数台しかないといわれ、筆者も実車は見たことがない。というわけでミニカーで失礼する。
1999年に登場し、仕様変更されながら2010年まで販売されていたが(写真は2005年の「ゾンダF」)、後継の「パガーニ・ウアイラ」が発表された現在は生産を終了している。
漫画「エリア88」、ゲーム「エースコンバット」シリーズなどの影響で、軍用機も大好き。ただし、大戦期の機体はほとんどわからず、あくまでも最近のジェット戦闘機のみである。また、知識も鉄道や自動車ほどはない。旅客機については、全くと言っていいほど知識はない。
筆者はやはり米軍機好きで、もっとも好きなのは「YF-23 ブラックウィドウU」。実機の写真等はWikipediaやGoogleのイメージ検索で見てほしい。
評判のよくないテスターのプラモデルで紹介(YF-23は立体物がほとんどないので・・・)。真上から見たときに、主翼と尾翼が同じ角度の平行線で構成されているという、他に類を見ない形状が近未来的でインパクトが強かった。兵器なので「見てくれの」デザインではない、真の機能美というか。
個人的には、このアングルで見るのが最高にカッコイイと思う。
垂直尾翼と水平尾翼が一体化したV字型尾翼、下方からの熱源探知を困難にさせるための特徴のある排気口。こうした「行き過ぎた先進性」が、YF-22に負けてしまった理由の一つかもしれない・・・
YF-23は開発段階で「YF-22」という機体と競作しており、最終的な採決で敗れたため試作のみで終わった機体である。しかし、その機体デザインから意外と日本でも人気は高く、「エースコンバット」シリーズをはじめとして、戦闘機モノのゲームではよく出てくる。なお、米軍の「F-22 ラプター」は、ライバルであったYF-22を量産化したものである。
YF-23は2機の試作機が製造されたのみだが解体を免れ、下記の博物館にそれぞれ保存されている(Webサイトは英語)。ハードルは高いが、いつか見に行きたいものだ。
ゲームは小学生のころ、親に連れられてスペースインベーダーを見て以来の趣味である(なんかオタものばっかりっスね)。中学生以降はアーケードゲームはもよとり、家庭用ゲーム機もソフトを含めて多数所有。最近は自動車や鉄道に趣味が移行するにつれゲームをやる機会も減ってしまったが、それでも手軽なPSPでは新作を遊ぶことがある。
ジャンル的にはシューティング、レースゲーム、RPGが好き。苦手なのは横スクロールのアクション、パズルものなど。RPGはどちらかというとストーリー重視の一本道タイプが好みで、逆に自由度が高いタイプは苦手だったりする。
2012年現在のマイベストゲームは「英雄伝説 零の軌跡(日本ファルコム)」。
現在ではパソコンは生活必需品といっても過言ではないが、筆者が中高生の頃は金持ちの家に限り、おおよそ「勉強のため」というもっともらしい理由を付けながら、親から買い与えられる「贅沢なゲーム機」であった。
筆者もゲーム好きが関連して古くからパソコンに興味はあり、その中でもシャープの「X68000」という、当時としては非常に高性能、ツインビルのようなパソコン離れした斬新な外観、初代機には「グラディウス」がバンドルされていたことで有名な、ゲームに強いパソコンに強烈な憧れを抱いていた。しかし、親から買い与えられるような裕福な家庭ではなかったため、パソコン雑誌を指をくわえて見ているだけという「ナイコン」族だった。
その後、学生時代にアルバイトしてX68000をゲット。当初はゲーム三昧だったが、ワープロ、データベース、CG、DTMと幅広く活用していた。
最初に買ったのは左の「SUPER」で、後に右の「XVI」を購入。性能も魅力的だったが、見た目もツインタワー型の斬新なもので今見ても古さを感じない。5インチFDDながらオートイジェクト機能を装備しているため、ドライブ回りもすっきりしている。
「SUPER」はヤフオク行きとなってしまったが、「XVI」は筆者の部屋でインテリアとして(?)静態保存されている。
現在は自分が持っていたゲームソフトごとWindows上のエミュレータ(シャープ公認)に移行し、当時と同じようにゲームで遊べるようにしてある。
現在はもっぱらWindows機で、Windows95→98→2000→Vistaという経歴である。XPをまるまる飛ばしているのは珍しいかもしれない(職場では今でも使うが)。大手メーカー製のあれこれソフトが入っているPCが好きではないので、当初はパーツを集めて自作PCを主流としていた。今では面倒くさくなったのか、ショップブランドのBTO品に落ち着いている。
漫画、アニメ、天文、ダム、道路、歴史、地理、料理、DIYといったあたり。現在は鉄道模型中心の当サイトだが、そのうち他の趣味ページも作っていければと思う。